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015 あなたは幸せだったと思います

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「で? ファーストコンタクトはどんな感じだったんだ」

「最悪よ最悪。それも私が、一方的に最悪なことをしたの」

「お前……何をしたんだ」

「リビングに入ってすぐ、裕司〈ゆうじ〉目掛けてクッションを投げたの」

「……アグレッシブだな」

「今思い出しても、いいコントロールだったと思うわ。裕司の顔面にヒットしたんだから」

「裕司はどうなった?」

「床にひっくり返ったの。男の癖にバランスの悪いやつだって思ったわ」

「確かにな。クッション程度じゃ、そうそう椅子から転げ落ちたりしないだろう」

「その瞬間、叔母さんが悲鳴をあげて裕司に駆け寄って……」

 肩が震える。

「なんなのよこいつって思った。貧弱男子が夏休み、人の家で避暑してるんじゃないわよ。そんな暇があるんだったら、ジムでも行って体鍛えろよって思った。

 でもすぐに、私は自分の行動を後悔した。傍にあった松葉杖を見て」

「そいつ、怪我でもしてたのか」

「それを見てね、やりすぎたって思った。のぼせていた頭が一気に冷えていくのが分かった」

「裕司は大丈夫だったのか?」

「うん。裕司、笑いながら『大丈夫です』って言って……私と叔母さんの手を取って立ち上がったの。その時に気付いた」

「何にだ」

「裕司の右足がね、おかしな角度に曲がってたの」

「折れたのか?」

「ううん、違う。裕司の右足、義足だったんだ」

「……」

「転んだ時に義足が取れてしまったの。裕司、笑いながら付け直してた」

「……」

「裕司、子供の頃に事故で右足を失ったらしいの。それ以来、ずっと松葉杖を使ってるって」

「……そうか」

「私、叔母さんに言ったの。どうして教えてくれなかったのかって。学校から私の家まで、徒歩で20分以上かかる。それなのに裕司、毎日ここまで歩いて来てたんだよ? 教えてくれてたら私、4か月も無視しなかったのに。これじゃあ私、本当に酷い女じゃないって。

 そう
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    「青空姉〈そらねえ〉が結婚……浩正〈ひろまさ〉さん、あんな女相手によく決心したな」 夕飯時。そうつぶやいた大地に、海が間髪入れず突っ込んだ。「ちょっと大地、実の姉にその言い方はないんじゃない?」「え? ああすまん、声に出てたか」「思いっきりね。じゃなくて、出さなきゃいいって問題でもないでしょ」「ははっ、確かにそうだ」「でもよかったじゃない。仲良し姉弟としては、お姉さんの幸せは何よりでしょ」「確かにそうなんだが……でも青空姉〈そらねえ〉、ほんと家事が酷いからな。浩正さんには同情しかないよ」「そんなに?」「ああ、そんなにだ。まず料理が壊滅的だ。卵も割れない」「……マジで?」「マジだ」「でもほら、野菜を切るぐらいなら」「青空姉〈そらねえ〉が包丁握れると思うか?」「あ、そうだったね……ごめん」「謝らなくていいよ。特殊な青空姉〈そらねえ〉に問題があるんだから」「じゃあ、大地が料理得意なのって」「ああ、青空姉〈そらねえ〉と暮らすようになってからだ。でないと二人共餓死してしまうからな、ある意味命がけで覚えたよ」「その辺の話、聞いてみたいって言ったら怒る?」「別に。隠してる訳でもないしな」「じゃあ聞かせてほしい。あと出来れば、浩正さんとの出会いとかも」「そんなの聞いてどうするんだよ。好奇心か?」「それもあるんだけど……あのね、前に大地から話を聞いて。そして青空〈そら〉さんと話して思ったの。本当に私は恵まれてたんだなって」「いいことじゃないか。わざわざ悪い環境に身を置く必要もないだろ」「そうなんだけど、ね……大地たちと出会ったことで、私の中で何かが変わろうとしてるの。それが知りたいって言うか」

  • 青空と海と大地ーそらとうみとだいちー   026 未来の扉

     青空〈そら〉の結婚宣言に、大地が固まった。「おーい、生きてるかー」 そう言って肩を叩かれ、我に帰る。「……」 青空姉〈そらねえ〉、今なんて言った?  結婚?  なんで急に?  と言うか、なんで今?  そんな思いが脳内を巡り、混乱した。「いやいやいやいや、待て待て待て待て。なんでいきなり、そういう話になってるんだよ」「あははははははっ、大地テンパリすぎ」「笑ってんじゃねーよ。ちゃんと説明しろ。大体浩正〈ひろまさ〉さんの了承はとれてるのかよ」「勿論です。僕はずっと待ってましたからね、嬉しいですよ」 浩正が微笑む。「プロポーズしたのも、随分昔のことですし」「5年くらい前だっけ?」「はははっ、もうそんなになりますか」「と言うか青空姉〈そらねえ〉、一体何があったんだよ。訳分かんねえぞ」「あんただって、さっさと結婚しろって言ってたじゃない」「そうなんだけど……いやいや、俺が聞きたいのはそうじゃなくて」「お姉ちゃん……お嫁にいっちゃ、駄目?」「猫撫で声出してんじゃねーよ。締め落とすぞ」「分かった! 大地、お姉ちゃん取られて寂しいんだ!」「んな訳ねーだろ。歳考えろ」「あははははははっ、可愛いなー、私の弟はー」 青空〈そら〉に抱きしめられ、赤面した大地が慌てて離れる。「とにかくその……本当なんだな」「祝ってくれる?」「勿論だ。まあ、青空姉〈そらねえ〉に嫁が務まるか不安だけどな」「それは大丈夫。浩正くんの家事スキル、無敵だから」「いやいやいやいや、青空姉〈そらねえ〉がしろよ」 そう言って苦笑し、照れくさそうに浩正に頭を下げる。「浩正さん。こんな姉ですけど、どうかよろしくお願いします」「こちらこそ。今日まで青空〈そら〉さんを守ってくれて、ありがとうございまし

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